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14.チップとは??

砂漠の寝床を後にし、我々は2時間程ラクダに揺られ帰路に着いた。
その道中、色んな事を考える。


もし、ココで一人取り残されてしまったら、どうやって生き延びるか?とか・・・。
今回、真剣に思ったのが「水」は人間にとって非常に貴重であるということ。
当たり前ではあるが、身を以て実感出来た。

梅津が持って来たのは、およそ10リットル程のタンク。僕が持参したのは1リットルのペットボトル。これで、料理、飲用、洗い物、トイレ、すべてを賄う。
足りるのだろうか?不安ではあったが、見事に丁度であった。さすが、プロであると感心したものだ。

気のせいであろうか、帰りは行きよりも数段早く感じた。
村の手前の道路にて、僕は降ろされる。

「こんなところが終点なのか?」
「ココに迎えの車が来るんだ。僕も一緒に待ってるよ!」

その言葉に少々安心した。こんなところに一人残されても、不安でしょうがない。
そこで、待つ事30分くらいであったろうか。おかげで彼とは色んな話が出来た。


重たい人・荷物が降りたせいか、松浦はとても気持ち良さそうな表情をしていた。
僕らの隣で、大人しく伏せていた。

とても世話になったと思い、僕は梅津に連絡先のカードを渡した。

「僕もアドレスを教えるよ!」

えっ、パソコン使ってるん?疑問に思ったが、彼の言うアドレスは正に家の住所だった。
僕の持っていたメモ紙に名前を書き、住所を書く。
"Umedu..."
まるで、字を習いたての小学生の様にゆっくり丁寧に書き上げる。

そうか、ひょっとしたら彼は本当に最近まで字が書けなかったのかもしれない。
習ったばかりで嬉しくて、僕に書いてくれたのか?
そう思うと、教育の格差を感じつつも微笑ましかった。

「ありがとう!帰ったら、手紙を書くよ!」

その時は、本当に帰国後に彼へ手紙を書く筈だった。しかし、ジャイサルメールを出てからそのメモを無くしてしまった。
あれだけ彼に説教した手前、本当に申し訳ない。

説教・・・!?

それは、そのやり取りの後の出来事だった。
僕は何か彼にプレゼント出来る物はないかと、荷物をさばくっていた。
そうだ、免税店でオマケに貰った「保温マグカップ」、コレが良いだろう!
僕は梅津にそれを渡すと、なんだか不満気である。

「それより、チップ頂戴よ!」

あぁ〜キタ!やっぱりお前もかっ!!
そもそも、チップと言うのは「心付け」である。してもらったサービスに対して、された側の自由で払う物だ。決して、サービスした側が要求するものではない。
僕は今回のツアーで4100ルピー払うが、彼に入る金額は少ないものだろう。大凡、見当は付く。しかし、それをコチラに言われても困るし、別問題だ。

17歳の少年相手に、マジで説教してました。

「でも今まで、たくさんの日本人が僕にチップをくれた。500とか1000とか・・・。」
「俺は、その多くの日本人とは違う!」
「じゃぁ、お前に1000ルピー払っても良い。でも、シャイタンに払う分から引いておく。それでも良いのか?」

インドの事だから、おそらくそんな事は通用しないだろう。多分、二重取りになる。
でも、彼を説得するため賭けに出た。

「分かったよ。このカップ貰っておくよ!」

何とか納得してもらえた様だ。僕は何回も彼に言った。
「もっと金が欲しかったら、客じゃなくてボスに言え!」
おそらく、今でもヤツが日本人相手にチップを要求しているのは、目に見えて分かる。でも、こんな日本人がいた事を忘れないで欲しい。

その為にも、メモを無くした事がとても悔やまれる。

ジャイサルメールに戻り、数時間ほど時間潰しをして予約していた列車に乗った。
これも、シャイタンに前日頼んでおいたモノだ。
彼のところは実に明朗会計だった。列車代プラス手数料が50ルピー。決して安くは無いが、黙ってもっとボッたくる旅行会社はいっぱいある。
それから、シャイタンに梅津の事を絶賛しておいた。
何とかギャラを上げてやって欲しいものだ。


そして夕方の列車に乗り、僕は次ぎなる街ジャイプールに向かった。






と、次に行くはずだったが、キャメル・サファリの前にもう一つエピソードがあったんだった・・・。
次回、少々遡ります。

4 件のコメント:

  1. この業界は"手数料"で食べてますので~払いすぎも良くないですが多少のご理解お願いしますぅ~。

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  2. ロメさん
    そりゃ、モチロンです!(汗)
    正当な料金はちゃんと払いますよ~。
    まぁ、今回はかなり大人気なかったと思いますが・・・。

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  3. kuwamanさん こんにちわ〜!^^

    ちょっと感動しちゃいました!!
    梅津君は一生懸命生きているんですね〜

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  4. ガタローさん
    ヤツはとても一生懸命でした、日本とは違う生きて行く大変さを教えられましたね。
    あんな説教をしておきながら・・・。
    将来はウメドゥもインドで成功して欲しいです。

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